結論として、従業員のメンタル不調に対する会社の対応は「安全配慮義務」(労働契約法第5条)を土台に判断されます。会社が不調の兆候を放置し、適切な対応(早期発見・産業医面談・休職・復職判定・配置転換)を怠った結果、従業員が悪化・自殺・過労うつに至れば、損害賠償責任を問われます。以下、会社が取るべき法的対応とメンタル不調者対応フローを整理します。
安全配慮義務とは|メンタルヘルスと会社の法的責任
安全配慮義務とは、使用者が労働者の生命・身体の安全を確保しつつ労働ができるよう、必要な配慮を行う義務のことです。労働契約法第5条に「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と明記されています。
安全配慮義務は、身体的な安全だけでなく、精神的な健康(メンタルヘルス)にも及びます。過重労働やハラスメントが原因で従業員がメンタルヘルス不調に陥った場合、企業が安全配慮義務を怠っていたと判断されれば、損害賠償責任を問われる可能性があります。
安全配慮義務違反による損害賠償は、労働契約に付随する義務の不履行(債務不履行)として、または不法行為として請求されます。実際に、長時間労働やパワハラを会社が認識しながら放置し、従業員がうつ病を発症・自殺に至った事案では、会社に高額の賠償を命じる判決が繰り返し出ています。「本人が申し出なかった」「気づかなかった」という言い分は、会社が予見できた(予見可能性)・回避できた(結果回避可能性)と判断されれば通用しません。
会社が安全配慮義務違反を問われやすい典型パターン
- 長時間労働(月80時間超の時間外労働など)を把握しながら是正しなかった
- 上司や同僚によるハラスメントの相談を受けながら放置した
- 体調不良のサインが明らかなのに産業医面談や業務軽減をしなかった
- 主治医が「復職不可」としているのに無理に就労させ、悪化させた
- 復職者に対し、いきなり従前どおりの過重な業務を負わせた
メンタルヘルスの4つのケア
厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(メンタルヘルス指針)では、職場におけるメンタルヘルスケアとして、以下の4つのケアを推進することが示されています。
1. セルフケア
労働者自身がストレスに気づき、適切に対処することです。企業は、労働者がセルフケアを行えるよう、メンタルヘルスに関する教育研修や情報提供を行うことが求められます。ストレスへの気づきを促すためのセルフチェックツールの活用も有効です。
2. ラインによるケア
管理監督者(上司)が、部下の異変に早期に気づき、相談対応や職場環境の改善を行うことです。管理監督者は、部下の日常的な様子を把握しやすい立場にあるため、「いつもと違う」状態に気づくことが重要です。管理監督者向けのメンタルヘルス研修の実施が推奨されます。
3. 事業場内産業保健スタッフ等によるケア
産業医、衛生管理者、保健師、人事労務管理スタッフなどが、職場のメンタルヘルス対策の企画立案や、個人への相談対応を行うことです。産業医は、労働者の健康管理に関する専門的な知見をもとに、事業者に対して助言・指導を行います。
4. 事業場外資源によるケア
外部の専門機関(EAP:従業員支援プログラム、精神科医、カウンセラー、地域産業保健センターなど)を活用したケアです。社内では相談しにくい場合に、外部の窓口を提供することで、より早期の相談・対応につなげることができます。
4つのケアのポイント
4つのケアは、それぞれが独立して機能するものではなく、相互に連携して効果的に機能します。企業は、これらのケアが有機的に連携できるよう、「心の健康づくり計画」を策定し、継続的かつ計画的に推進することが重要です。
メンタル不調者への会社の対応フロー
メンタルヘルス不調者への対応は、場当たり的に行うと安全配慮義務違反のリスクが高まります。会社としては、次の流れを就業規則・休職復職規程で標準化しておくことが重要です。
ステップ1:早期発見
遅刻・欠勤の増加、業務能率の低下、表情や身だしなみの変化などのサインを、管理監督者(上司)が早期に把握します。「いつもと違う」に気づいた段階で声をかけ、記録を残すことが後の対応の起点になります。
ステップ2:産業医・専門機関への相談(産業医面談)
不調が疑われる場合は、産業医面談につなげます。50人以上の事業場では産業医の選任が義務ですが、50人未満でも地域産業保健センター等を活用できます。産業医の意見は、休業や就業上の措置を決める際の医学的根拠となります。
ステップ3:休職(休職命令の判断)
療養が必要と判断される場合は、主治医の診断書と産業医の意見をもとに休職とします。就業規則に休職規定があれば、一定の要件のもとで会社から休職を命じることも可能です。休職期間・給与の取扱い・期間満了時の効果を規程で明確にしておく必要があります。
ステップ4:復職判定
復職は「主治医の診断書」だけで機械的に決めるのではなく、産業医の意見や実際の業務遂行能力を踏まえて会社が総合的に判定します。復職可否の判断基準・試し出勤(リハビリ出勤)制度・産業医面談を規程化しておくとトラブルを防げます。
ステップ5:配置転換・就業上の措置
復職後は、いきなり従前の業務に戻すのではなく、業務内容の軽減・時間外労働の制限・配置転換などの就業上の措置を段階的に講じます。再発防止と安全配慮義務の履行の両面から、フォローアップを継続します。
休職・復職の実務は別記事で詳しく解説
休職の要件・休職期間・復職判定の具体的な進め方や規程整備のポイントは、当法人ブログ「休職・復職」の記事で詳しく解説しています。あわせてご確認ください。
ストレスチェック制度
ストレスチェック制度は、2015年12月に施行された制度で、労働安全衛生法第66条の10に基づき、常時50人以上の労働者を使用する事業場に対して、年1回のストレスチェックの実施が義務付けられています。なお、50人未満の事業場は当面の間、努力義務となっています。
ストレスチェックの流れ
- 実施:医師、保健師等により、労働者に対して質問票(ストレスチェック)を配布・回収する
- 結果の通知:検査結果は、実施者から直接労働者本人に通知される(本人の同意なく事業者に提供してはならない)
- 高ストレス者への面接指導:高ストレスと判定された労働者が面接指導を申し出た場合、医師による面接指導を実施する
- 職場環境の改善:集団分析の結果をもとに、職場環境の改善に取り組む(努力義務)
長時間労働者への医師による面接指導
労働安全衛生法第66条の8により、時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる労働者が申出をした場合、事業者は医師による面接指導を実施しなければなりません。
また、2019年4月の改正により、以下の対応が義務化されました。
- 事業者は、労働者の労働時間の状況を客観的な方法で把握する義務がある
- 時間外・休日労働が月80時間を超えた労働者に対して、超えた時間に関する情報を通知する義務がある
- 研究開発業務に従事する労働者は、月100時間超の場合に本人の申出なしでも面接指導が義務
メンタルヘルス不調の早期発見のサイン
- 遅刻や欠勤の増加
- 仕事の能率の低下やミスの増加
- 表情や態度の変化(暗い、イライラしているなど)
- 身だしなみの乱れ
- 周囲との交流の減少
これらのサインに気づいた場合は、早めに声をかけ、必要に応じて産業医や専門機関への相談を促しましょう。
よくある質問(FAQ)
Q. メンタル不調で会社が訴えられるのはどんな時ですか?
A. 会社が不調の兆候や長時間労働・ハラスメントを認識できたのに(予見可能性)、産業医面談・業務軽減・休職などの対応を怠り(結果回避義務違反)、その結果として従業員が発症・悪化・自殺に至った場合に、安全配慮義務違反として損害賠償を求められるのが典型です。「本人が申告しなかった」だけでは免責されない点に注意が必要です。日頃から労働時間の客観的把握と相談対応の記録を残し、産業医につなぐ体制を整えておくことが最大の防御になります。
Q. 会社から休職命令は出せますか?
A. 就業規則に休職の要件(傷病により労務提供ができない状態が一定期間続く見込み等)が定められていれば、主治医の診断書や産業医の意見を根拠に、会社から休職を命じることが可能です。ただし、根拠となる規定が不明確だったり、医学的根拠を欠いたまま命じたりすると、無効・違法とされるリスクがあります。休職命令を機能させるには、休職事由・期間・復職の判断手続きを規程で明確化しておくことが前提です。
まとめ|メンタルヘルス対応は「規程」と「フロー」で守る
メンタルヘルス対策は、企業の安全配慮義務の一環として、組織的かつ継続的に取り組むことが求められます。ストレスチェック制度の適正な運用や4つのケアの推進に加え、早期発見から産業医面談・休職・復職判定・配置転換までの対応フローを規程として整備しておくことが、従業員の健康を守り、同時に会社を法的リスクから守る最善策です。
メンタル不調者対応・休職復職規程の整備はみらいへご相談ください
当法人では、以下のようなメンタルヘルス関連の労務対応をサポートしています。
- メンタル不調者対応フローの設計と運用支援(早期発見〜復職まで)
- 休職・復職規程、休職命令・復職判定基準の整備
- ストレスチェック制度の導入・運用支援
- 安全配慮義務違反リスクの点検と長時間労働・ハラスメント対策
「対応フローや規程が整っていない」「復職判定でトラブルになっている」といったお悩みは、お気軽にご相談ください。初回のご相談を承っております。