未払い残業代はなぜ発生するのか
未払い残業代は、悪意がなくても「知らないうちに発生していた」というケースが少なくありません。労働時間の管理があいまいな職場や、割増賃金の計算ルールを正しく理解していない会社では、気づかないうちに未払いが積み上がっていきます。退職者からの請求や労働基準監督署の調査をきっかけに、多額の支払いを求められて初めて問題が表面化することもあります。
典型的な発生原因としては、以下のようなものが挙げられます。
- 始業前の準備・朝礼や、終業後の後片付け・引き継ぎを労働時間に含めていない
- 休憩時間中に実際は電話番などをさせている(手待ち時間の未計上)
- 割増率(時間外25%以上、深夜25%以上、法定休日35%以上)の計算誤り
- 基礎賃金に算入すべき手当を除外して割増単価を計算している
- 固定残業代や管理監督者の扱いを誤り、本来必要な残業代を支払っていない
賃金請求権の時効は「当分の間3年」
2020年4月の労働基準法改正により、賃金請求権の消滅時効期間は原則5年に延長されました(労基法第115条)。ただし、当分の間は経過措置(労基法附則第143条)により3年とされています。2020年4月1日以降に支払期日が到来した賃金が対象で、退職者からも過去3年分をさかのぼって請求される可能性があります。
遡及請求・付加金・遅延損害金のリスク
未払い残業代の問題が深刻なのは、単なる本来の残業代だけでは済まないことにあります。
付加金(労基法第114条)
使用者が割増賃金等の支払いを怠った場合、労働者の請求に基づき、裁判所は未払金と同額までの付加金の支払いを命じることができます。これにより、実質的に未払い額の最大2倍の負担が生じる可能性があります。付加金を請求できる期間も、当分の間3年とされています。
遅延損害金
未払い賃金には遅延損害金が加算されます。在職中は年3%ですが、退職後は賃金の支払の確保等に関する法律により年14.6%という高い利率が適用されます。請求が退職後になるほど、会社の負担は膨らみます。
「名ばかり管理職」の落とし穴
「管理職だから残業代は不要」という認識は、大きなリスクをはらんでいます。労基法第41条で労働時間規制の適用が除外される「管理監督者」に該当するには、以下のような実態が必要です。
- 経営者と一体的な立場で、労務管理などについて相応の権限を有している
- 出退勤について厳格な管理を受けていない(自らの裁量で勤務時間を決められる)
- 地位にふさわしい待遇(賃金)が確保されている
役職名が「店長」「課長」であっても、これらの実態を欠く場合は管理監督者と認められず、残業代の支払い義務が生じます。いわゆる「名ばかり管理職」は、遡及請求の代表的なリスク要因です。なお、管理監督者であっても深夜割増賃金は支払う必要があり、労働安全衛生法上の労働時間の状況把握の対象にもなります。
固定残業代の無効リスク
あらかじめ一定時間分の残業代を固定額で支払う「固定残業代(みなし残業代)」も、要件を満たさなければ無効と判断され、支払った額が基本給の一部とみなされることがあります。有効とするには、次の点が重要です。
- 固定残業代に相当する残業時間数と金額が明確に区別されていること
- 固定分を超える残業が発生した場合は差額を追加で支払うことが定められ、実際に運用されていること
- 雇用契約書・就業規則で明示されていること
固定残業代を導入していても差額精算をしていないと、固定額とは別に全時間分の残業代を請求されるおそれがあります。固定残業代制度の詳細は、別記事もあわせてご覧ください。
未払いを防ぐための労務管理
未払い残業代を防ぐ最善策は、日々の労働時間を正確に把握し、正しく計算することに尽きます。
会社が取り組むべき防止策
- タイムカードや勤怠システムによる客観的な労働時間の記録(労働安全衛生法第66条の8の3)
- 割増賃金の計算ルール・基礎賃金の範囲を正しく整理する
- 固定残業代を導入する場合は明示と差額精算を徹底する
- 管理監督者の範囲を実態に即して見直す
- サービス残業を生まない業務量・人員配置と、労働時間の申告ルールの周知
まとめ
未払い残業代は、時効3年分の遡及請求に加え、付加金・遅延損害金が重なることで、想定を大きく超える金額に発展しかねません。問題を未然に防ぐには、労働時間の客観的把握と正確な賃金計算という基本の徹底が不可欠です。
当法人では、労働時間管理の仕組みづくりから、割増賃金の計算チェック、固定残業代・管理監督者制度の適法性の見直し、就業規則・雇用契約書の整備まで一貫してサポートいたします。未払いリスクの点検や、万一の請求への対応にお悩みの際は、お気軽にご相談ください。